09と10で、個体は経験から行動を変え、記憶でそれを残した。どちらも、相手との間で働く。でも、誰と出会うかは、個体が決めるのではない。群れの形——空間が決める。

先に言うと、空間は背景ではない。同じ個体でも、箱の形が変われば、社会の形が変わる。出会いやすい相手と、出会いにくい相手。その分かれ目が、学習も信頼も裏切りも左右する。次の装置では、ラット群の器そのものを組み立てる。

箱は、背景ではない

ここでの箱は、スキナー箱の再現ではない。個体がどこで出会い、どこで避け、どこで学ぶかを見るための空間。広ければ散らばり、狭ければぶつかる。通路が細ければ移動が詰まり、巣が分かれていれば小さなまとまりができる。箱は、環境であると同時に、出会いを絞る条件。

群れは一度に完成しない。個体が動き、出会い、助けるか避けるか裏切るかが起き、結果が記憶に残り、次の行動が少し変わる。その繰り返しが中心。

struct Colony
    space::BoxSpace        # 巣・通路・中央部からなる箱
    rats::Vector{Rat}
end

function step!(colony::Colony)
    for rat in colony.rats
        choose_action!(rat, colony.space)   # 箱の形が、出会いを決める
        update_memory!(rat)                 # 出会いの結果が、次の行動を変える
    end
end

空間が、出会いを決める

箱の形を変えると、同じ個体でも振る舞いが変わった。細い通路では接触が増え、協力も裏切りも増える。巣が分かれていると、関係は局所に残る。同じ相手と何度も会うから、信頼や記憶が効く。中央部が混むと、相手を選べない。誰と会うかが安定せず、関係が積み上がらない。

空間は、見た目ではなかった。空間が、群れの学習条件を作っていた。

役割は、箱の形の中にある

ラット群で作っているのは、個体の集まりだけではない。個体・空間・記憶・行動が、互いに更新し合う場。

社会的役割は、名前として最初に配られるのではない。同じ場所にいて、同じ相手に会い、何度も助け、何度も避けられる。その繰り返しから、役割のようなものが見えてくる。役割は、個体の内側だけでなく、箱の形と、出会いの履歴の中にある。ここには、現実のラットの体も匂いも音も発達も疲労も入っていない。例によって、ネズミの皮をかぶった最小の個体での思考実験として読んでほしい。それでも、空間と出会い方を、変数として動かせる。そこに、このモデルの使い道がある。

ここまでで、崩壊から、愛、声、記録、仲間、評判、経験、記憶、空間まで来た。一つずつ足した条件が、群れの壊れ方と、その防ぎ方を作ってきた。最後に、これらをひとつにまとめる。次では、何を作ってきたのかを整理する。

補足

  1. 箱: 個体が動き、出会い、接触する空間。巣(戻りやすい場所)、通路(移動を絞る細い道)、中央部(集まって接触が増える場所)からなる。
  2. スキナー箱: 動物の行動を観察する実験装置。ここでの箱はその再現ではなく、相互作用を整理するための抽象的な空間。
  3. 自己組織化: 上から役割を与えなくても、出会いの繰り返しから、順位や役割のような構造が生まれること。00・01で見た創発と同じ筋。