08まで、群れを崩すものと、つなぐものを見てきた。つなぐ鍵は、いつも社会的能力*——助ける、教える、子を育てる力だった。でも、その力を、ここまでは固定値として置いていた。有能な個体は最初から有能で、そうでない個体は最初からそう。
その力は、どこから来るのか。先に言うと、経験から。助けられた、裏切られた、学べた。その一つひとつが、次の行動の選びやすさを少しずつ変える。能力は、生まれつきの値ではなく、関係の中で更新されるもの。これを入れると、崩壊はもう一段深く、伝達の問題として見えてくる。
能力を、固定値からはずす
これまで、各個体は社会的能力を一つの数で持っていた。高ければ求愛も育児も学習もうまくいき、低ければ失敗する。これでも崩壊は見える。有能な成体が減れば、子は学べず、次の世代の能力が下がる。でも、その能力がどの経験で変わるのかが見えない。助けられた経験も、裏切られた経験も、ただの履歴に終わる。
そこで、能力を一つの値ではなく、ウェイト*の束にする。近づく、避ける、助ける、待つ、学ぶ、裏切る。それぞれを、どれくらい選びやすいかの値として持つ。個体は状況を見て——近くに誰がいるか、血縁か、同じ印か、過去に助けてくれたか——ウェイトに従って動く。経験が起きるたび、ウェイトが少し動く。これを更新*と呼ぶ。
# 経験のたびに、行動の選びやすさ(ウェイト)を少しだけ動かす。
if helped
weights.approach += 0.03
weights.help += 0.02
end
if betrayed
weights.avoid += 0.05
end
if learned_from_adult
weights.learn += 0.03
end
一度で変わるのではない。小さな更新を、積み重ねる。
経験が、次の行動を選ぶ
更新を入れると、群れの差がはっきり出た。安定した群れでは、助けられた経験と学べた経験が残り、それが次の行動を少し協力的にする。協力が増えれば、また学べる機会が残る。保つ向きの循環。
崩れかけた群れでは、逆が回る。裏切られ、避け、学べる相手が減り、助けるウェイトが残らない。個体数はまだあるのに、関係の中身が薄くなる。社会的能力は、最初から失われていたのではない。更新される機会を失っていた。
能力は、関係の中で作られる
見方が一段変わる。前は「有能な成体が減ると子が学べない」だった。今は、その間にもう一段入る。子が成体に近づけないとは、知識を受け取れないだけでなく、近づく・待つ・助ける・学ぶというウェイトを更新できないということ。
社会的能力は、情報ではなく、次の行動を選びやすくするウェイトとして残る。誰といたか、誰に助けられたか、何を試してうまくいったか。それが、次の確率を少しずつ変える。賢い個体を作っているのではない。よかった経験を少し強め、悪かった経験を少し避ける。それだけで、群れの振る舞いは変わる。例によって、ネズミの皮をかぶった最小の個体での思考実験として読んでほしい。
経験で行動が変わるなら、次は、その経験がどれくらい残るか。覚えすぎても、忘れすぎても、協力は変わる。次の装置では、記憶の長さを扱う。
補足
- 社会的能力: 他個体と関わり、繁殖・育児・援助・学習を成り立たせる力。ここでは固定値ではなく、複数のウェイトの組み合わせとして扱う。
- ウェイト: ある行動をどれくらい選びやすいかを表す内部値。性格として固定されず、経験で少しずつ変わる。
- 更新(強化と抑制): 経験のあとにウェイトを少し動かすこと。大きな推論ではなく、よい結果を強め、悪い結果を避ける、強化学習(Sutton・Barto らの枠組み)に近い単純なしくみ。