07で、同じ印を分け合う相手まで助けると、血縁を超えて協力が広がり、崩壊が抑えられた。でも、協力が広がると、すき間ができる。助けてもらうのに、自分は助けない個体。
そういうただ乗り*が増えると、コストを払うのは助ける側だけになり、協力は内側から崩れる。何が、それを抑えるのか。先に言うと、見られていること。裏切りが見つかるなら、裏切りは割に合わなくなる。助ける個体の割合は、監視なしで47%、近くで見るだけで63%、どこでも見られていると70%まで残った。次の装置では、「見られていること」を足す。
助けない個体を、混ぜる
群れに、二種類を置く。助ける個体は、条件が合えば相手を助け、時間や子を残す機会を払う。助けない個体は、助けは受けるが、自分からは払わない。
個体だけ見れば、助けないほうが得。コストを払わず、利益だけ受け取る。でも、助けない個体が増えると、助ける個体が減る。すると子が学べる機会が減り、伝達が細り、群れはまた崩壊へ近づく。03から07で外から防いできたものが、内側から外れていく。
見つかるなら、割に合わない
そこで、裏切りがどれくらい見つかるかを変える。装置も、共有タグも、助け合いもそのまま。動かすのは、見つかりやすさだけ。裏切りが見つかれば、評判*が落ちる。落ちれば、助けてもらえず、子も残しにくくなる。
監視なし。裏切りは見つからない。助けない個体は、払わずに受け取り続ける。
近くの個体による監視。同じ場所に助ける個体がいれば、裏切りは見つかる。ただし、近くに誰もいなければ、見逃される。
どこでも見られている。近くに誰がいるかに関係なく、裏切りは高い確率で見つかる。この最後を、ここでは「神」*と呼ぶ。信仰の対象ではない。どこでも見ている、という機能のこと。
# 裏切りが見つかれば評判を失う。見つかりやすいほど、割に合わない。
seen = is_seen(cheater, watching) # watching: none / nearby / everywhere
penalty = seen ? reputation_loss : 0.0
cheating_gain = received_help - penalty
もう一つ、死後にも評価が残る条件を足す。評判が生きている間だけなら、老いた個体は最後に裏切りやすい。先が短く、評判を失っても痛くないから。死後にも評価が残るなら、その個体も、最後まで裏切りにくくなる。
どこでも見られていると、協力が残る
監視がないと、裏切りが広がった。助ける個体の割合は下がり、ただ乗りが群れを満たす。近くの監視は、ある程度効いた。でも群れが大きくなって個体が散らばると、近くで見ている個体が減り、裏切りは見逃される。近くの目は、その場かぎり。大きな群れには、匿名のすき間ができる。
どこでも見られている条件は、その弱さを埋める。誰が近くにいるかに関係なく、裏切りは見つかる。助ける個体の割合は、監視なしで0.47、近くの監視で0.63、どこでも見られていると0.70。さらに、死後にも評価が残る条件を足すと、絶滅率がいちばん下がった。
同じ群れを並べると、違いははっきりする。監視のない世界では、裏切りが広がり、協力が減り、群れは不安定になる。どこでも見られている世界では、裏切りが見つかって割に合わず、助ける個体が残る。
見られていることは、協力の条件
ここで見えているのは、宗教の正しさでも、神がいるかどうかでもない。見えているのは、協力を保つしくみ。誰かが見ている。裏切れば見つかる。評判が落ちる。助けてもらえなくなる。評価は、死んだあとも残る。それだけで、短い得のための裏切りが抑えられる。
裏切りが減れば、助ける個体が残る。子が学べる機会も残る。伝達が続く。見られていることは、道徳の飾りではなく、協力を保つための、動く条件だった。
ここでいう「神」は、現実の信仰でも教義でもない。監視、罰、評判、死後評価という機能を、一つにまとめた呼び名にすぎない。例によって、ネズミの皮をかぶった最小の個体での思考実験として読んでほしい。それでも、見えることはある。大きな群れで匿名のすき間が開くとき、「どこでも見られている」という感覚が、協力をつなぎとめる。
ここまで、崩壊を防ぐ条件を一つずつ見てきた。愛、声、記録、仲間、評判。どれも要にあったのは、助ける・教える・学ぶといった社会的能力。でも、その能力を、ずっと固定された値として置いてきた。それは、どこから来るのか。次の装置では、経験が個体を変えるさまを扱う。
補足
- ただ乗り(フリーライド): 他個体の援助を受けるのに、自分は援助のコストを払わないこと。短期では得だが、増えると協力を内側から崩す。
- 評判(間接互恵性): 裏切りが知られた個体は、助けてもらいにくく、繁殖にも不利になる。見知らぬ相手どうしでも評判が協力を支える、という Nowak・Sigmund の間接互恵性の考え方に近い。
- 「神」(超自然的監視): どこでも見られ、裏切れば罰され、評価が死後も残る、という社会的機能。信仰の内容や実体ではない。大きな集団で協力を保つ装置として、Norenzayan や Johnson らが論じた、監視する神(ビッグ・ゴッド)の仮説に対応する。