概要
餌も水もある。捕食者もいない。外へも出られない。そんな群れは、際限なく増えるように思える。だが増えないし、壊れる。しかも最後に効いた上限は、餌でも空間でもなかった。誰がどこで繁殖し、誰から学べるかという、社会的役割の容量だった。
00で一匹を作り、01でそれを群れにした。ここでようやく、その群れが壊れる条件を探せる。背景にあるのは Calhoun の Universe 25* だが、やるのは再現ではない。調べる条件はひとつに絞る。崩壊の条件は、資源ではなく社会的役割の容量か。
崩壊は、書いてはいけない
いちばん雑なやり方は、崩壊を直接コードに書くことだ。密度が上がったら非繁殖にする。母性が崩れたことにする。beautiful ones* をしきい値で作る。そうすれば崩壊する。崩壊を仕込んだのだから、当たり前だ。
それでは、崩壊が起きたのか、ラベルを貼っただけなのか、区別できない。必要だったのは、崩壊という状態をどこにも書かず、ふつうの生活の失敗から、同じような状態が結果として現れるかを見ることだった。
健全な群れを、先に作る
そこで個体に生活環を持たせた。性成熟し、縄張りを取り、求愛し、出産し、育て、子は成体から社会的能力を学ぶ。失敗の経路もある。縄張りが取れない、孤立する、慢性ストレスで繁殖力が落ちる、近くに有能な成体がいないと子が学べない。
肝心なのは、この生活環は放っておいても壊れないことだ。役割が十分にある条件では、群れは増え、安定し、子は学び、非繁殖個体はほとんど出なかった。
壊れる仕掛けは、まだどこにも入っていない。
変えるのは、ひとつだけ
餌も水も無制限のまま。変えるのは、縄張り・求愛・育児・社会学習が成立するための容量だけだ。中心の関係はこれだけで書ける。
crowding = population / social_role_capacity
learning_rate = max(0.0, 1.0 - crowding)
next_competence = learning_rate * competent_adult_ratio
容量が足りないと、子が有能な成体から学べる割合が下がる。学べない子は、有能な成体になれない。だから次の世代はもっと学べない。この低下は、世代をまたいで返ってくる。
空間は空いているのに、壊れる
役割の容量を絞ると、群れは崩壊した。外から見れば、まだ個体は多い。空間も埋まっていない。なのに内側では、縄張りを取れない個体が増え、育児が不安定になり、有能な成体が減り、子が学べなくなる。
そして、誰も「beautiful ones を作れ」とは書いていないのに、争いも繁殖もしない自己維持的な個体(WITHDRAWN)が、失敗の積み重ねから現れた。仕込んだラベルではなく、創発だ。
比べると答えははっきりする。役割が足りる群れは存続し、絞った群れは餌が無制限でも崩壊した。崩壊の条件は資源不足ではない。役割の容量不足だった。
餌を減らすと、崩壊が止まる
奇妙なことが起きた。餌を制限すると、崩壊が止まる。直感に反する。餌が少ないほうが、個体には厳しいはずだ。
だが餌が少ないと、個体数は早く頭打ちになり、役割の容量を大きく超える前に増殖が止まる。豊かさは、すべての制約を消すわけではない。どの制約が最後に残るかを変える。そしてこのモデルで最後に残ったのは、餌ではなく役割だった。
容量を、装置から決める
ここまで容量を数値で与えていた。それはまだ抽象的だ。Universe 25 では、容量は装置の形から生まれる。閉じた囲い、周辺に並ぶ巣、中央の開けた床、出られない境界。
そこで容量を手で与えるのをやめ、どの巣を取って守れたかで容量が決まるようにした。個体は変えない。変えたのは世界の形だけだ。結果、巣を取れない個体は中央に溢れた。空間は空いている。なのに、繁殖や育児に使える場所が足りない。
巣箱の数を変えると、崩壊する規模と存続する規模の境目が現れた。この境目はこのモデル内のものだが、関係ははっきりしている。キャリングキャパシティ*は、餌だけでは決まらない。誰がどこで繁殖し、誰から社会を学べるかにも依存する。
崩れたのは、数ではなく伝達
このモデルで最初に崩れたのは、個体数ではない。社会的能力の伝達だ。
数はしばらく残る。だが有能な成体が減り、子が学べなくなり、学べない子は次の世代で教える側になれない。この輪が回り始めると、密度が下がっても戻れない。下がった時には、もう教える側がいないからだ。
群れの崩壊は、人口の減少ではない。次の世代へ渡す経路が、切れることだ。
限界
これは Universe 25 の完全な再現ではない。装置の細部も、マウスやラットの全行動も、大きく抽象化している。Universe 25 の解釈そのものにも議論がある。
ここで示したのはひとつの仮説だ。資源制約が外れた閉鎖系では、社会的役割の容量不足によって、発達期の社会学習と繁殖生活環が破綻しうる。このモデルは、その仮説を動かせる形にした。
次へ
伝達が切れて壊れるなら、次に調べることはひとつになる。何が、その断絶をつなぎ直すのか。親の投資か、血縁への利他か、それとも非血縁の子にまでコストを払う行動か。
次は、愛を扱う。感情としてではなく、コストを払って助ける行動として。
補足
- Universe 25: John B. Calhoun による閉鎖環境でのマウス実験。餌や水が十分にあるにもかかわらず、過密化のなかで繁殖や社会行動が崩れ、群れが続かなくなったことで知られる。
- beautiful ones: Calhoun が報告した、争いや繁殖に関わらず、毛づくろいなど自己維持的行動に偏った個体群を指す呼称。
- キャリングキャパシティ: ある環境が維持できる個体数や活動量の上限。通常は餌や空間で考えるが、ここでは社会的役割の容量も上限として扱う。